唯一無二の歴史/漫画が世界を魅了させるまち
四年前は京都造形大学で准教授として教鞭を振るわれていましたが、身のまわりで説明のつかない不思議なことが起こり、そこから神話に興味を持ちはじめたそうです。
思い切って大学を辞めて”現代の神話"を漫画で表現しようと制作を始められていた頃、知り合いから湖南市の地域おこし協力隊募集の誘いがあり、ダメもとで湖南市の史跡や逸話を活かした漫画を制作。
市の観光や文化に貢献する企画書を提出したところその内容が採用され、全国でも珍しい漫画で地域を活性化させる地域おこし協力隊として湖南市に移住されました。
史跡を巡り、その歴史に想いを馳せる
湖南市の印象を聞いてみました。
「着任して、実際に湖南市の史跡を周ってみると、とても個性的で歴史的にも重要な史跡が多いことに驚かされました。全国的に見てもここにしかない史跡や文化が残っており、調べていても興味が尽きません。まさに隠れた湖南市の魅力です。」
漫画「湖南神話」の主人公の二人
描かれている漫画の内容はどのようなものか聞くと、
「漫画では、史跡などの過去のことだけでなく現代の湖南市を表現するために、日本人とブラジル移民3世、二人の中学生が主人公となります。
そのため、最近ではブラジル移民の方々にも取材をさせてもらうのですが、同じまちに住んでいても、移民の方なりのライフスタイルがあって、日本人からすると興味深いものがあります。
例えば食事一つとっても、ブラジルでは豆のお肉を煮込んでカレーのようにご飯にかけて食べるのですが、これが美味しい。日本人が食べても違和感なく美味しい料理なのですが、ブラジル人のご家庭を訪れるまで僕も食べたことがありませんでした」
車谷不動磨崖仏
湖南ヒストリーのイラスト
「それと、ブラジル人は家族や身内をとても大切にし、みんなでよく集まります。まるで一昔前の日本人のようで、懐かしさも感じました。
これらも、湖南市の隠れた魅力だと思います。」
歴史に、ひとに、まちに、思いを寄せる栗田さん。
そんな栗田さんは、広報こなん「たちまち!おこし隊」とnote「湖南ヒストリー 湖(こ)れなん南(なん)」で地域の魅力を発信されています。
鋭意作成中です
2020年夏頃に発売予定の「湖南神話(仮タイトル)」で、隠れた湖南市の魅力を全国に、そして世界に発表されます。湖南市がどのように描かれるのか楽しみですね。
ロビンさんのnote(湖南ヒストリー)
栗田ロビンの湖南神話
ここからは、栗田さんが実際に手掛けた広報こなん「たちまち!おこし隊」の記事を紹介します。
ウツクシマツ(三雲学区まちづくり協議会)
頼平とウツクシマツに姿を変えた童女たち
平松のウツクシマツ
平松の丘陵地に自生する大きな傘を広げたような美しい松は「ウツクシマツ」と言われており、日本ではここでしか自生しないことから、この自生地は国の天然記念物に指定されています。
千年ほど昔、藤原頼平が病気になり、平松の地で養生していると、松の間から美しい童女たちが現れ、「私たちは京都の松尾明神の使いで、あなたをお護りするよう言われ、ここに現れました」と言いました。
その言葉に頼平が感激していると、童女たちは消え、今まで見た事のない美しい松が現れたそうです。
こんな美しい物語を思い浮かべながら「ウツクシマツ」を見れば、印象が変わるかもしれませんね。
吉御子神社(石部学区まちづくり協議会)
頼平と吉御子神社に祀られている三柱
吉御子神社の本殿
吉御子神社は吉彦命・吉姫命(穀物神)、鹿葦津姫命【かしつひめ】(桜の女神)の三柱をお祀りする神社で、由緒は紀元前までさかのぼるとても古い歴史を持つ神社です。
驚くのは、吉御子神社の本殿は京都の一宮(一番由緒のある神社)である上賀茂神社の150年前の社殿を使っていることです。
この本殿は国宝級の建築物にも関わらず、あまり知られていないことが残念です。
市民の皆さんは『湖南市には国宝級の神社本殿があるんだ!』と市外の人々に自慢しましょう。
八石教会所(石部南学区まちづくり協議会)
頼平と八石教会所に集う人々
新築再現された「八石教会所」
世界で初めての農業協同組合と言われる先祖株組合を築いた大原幽学。彼の教えが石部村に伝わり、石毛源五郎が主宰する「八石教会所」が1889年に設立されました。
石部の人たちはここを修行の道場として利用していましたが、時代とともに廃れ…今は崩れかけの入り口と石碑が残るだけとなっています。
地元の人も知らない湖南市の隠れた史跡で、現在少し離れた雨山文化運動公園内の"宿場の里"に「八石教会所」が新築再現され、その当時の姿を見ることができます。
不動寺(岩根まちづくり協議会)
頼平と聖域を護る不動明王との邂逅
大きな自然の石に刻まれた不動明王
不動寺は延暦年間(782~806年)に弘法大師(空海)が創立したと言われています。
もとは「清涼山」と号した天台宗寺院でしたが、1734年に火災で焼失しました。1749年の再興後は山号が「岩根山」へと変わり、現在の不動寺(臨済宗)となっています。
大きな自然石に彫られた不動磨崖仏が本尊です。その磨崖仏の迫力たるや、宇宙から不動明王が隕石に乗ってやってきたかのようです。
小さな舞台づくりのお堂から、その磨崖仏を拝むことができるとても珍しいお寺です。
更新日:2021年11月16日