東日本大震災災害支援職員派遣および被災地視察について

更新日:2019年07月01日

東日本大震災被災地(福島県富岡町)への一般事務職員および保健師の派遣について

5月9日から8月31日までの約3か月間、延べ21人の一般事務職員が、住宅斡旋業務、住民の一時帰宅にかかる業務、車両の持ち出しにかかる業務などに従事しました。また、7月18日から8月31日までの1か月半の間、延べ10人の保健師が、仮設住宅入居者の健康管理業務に従事しました。

派遣された職員は、富岡町災害対策本部が設置されている施設「ビッグパレットふくしま」(福島県郡山市)を支援活動の拠点としてきました。こちらの施設は避難所としても利用されていましたが、8月31日をもって避難所が閉鎖されるとともに、湖南市としての支援も1つの区切りとして終了いたしました。

今後の支援としましては、被災地からの支援の要請により、支援を検討してまいります。被災地の復興が進むことをお祈り申し上げます。

福島県富岡町視察について

7月24日から26日にかけて市長が、8月16日から17日にかけて教育長が、8月21日から22日にかけて副市長が、8月28日から29日にかけて再び市長が、派遣職員の現地での対応状況および警戒区域内の視察のため、福島県富岡町を訪問いたしました。以下は現地の状況です(平成23年9月市議会定例会招集市長あいさつから引用)。

現地の状況としましては、まさにゴーストタウンでした。まちはあるのに人の気配のまったくない西部劇でお目にかかったゴーストタウン。この法治国家・日本において、あり得ない風景でした。まちのようすは、文明が自然に呑み込まれたと形容したほうがよいほど、雑草に覆い尽くされ、閑静な住宅街も、津波被害のなかった鉄道駅・夜ノ森駅も、見渡す限りの田んぼであったはずのところも、あらゆるところが雑草に覆われた草原状態となっておりました。また、津波被害のあった沿岸部では、10数メートルの高さと思われる位置まで津波の跡が残り、改札だけ残した富岡駅前の歓楽街は、建物の1階に自動車や自動販売機が突き刺さったまま、破壊された状態でいまだに放置されていました。道路は各所で液状化により寸断され、下水道管が路面に露出し、橋梁の前後に大きな段差ができ、道路の真ん中を地割れが走っていました。海岸に建てられた下水処理施設は、建屋こそきれいに残っていましたが内部の装置が破壊されて使い物になりません。学校にも幼稚園にも子どもたちの声はなく、商店街にも町営住宅にも人の姿はありません。夜になると野生化した牛がエサを求めてさまようそうです。ただただ蝉の声が聞こえるだけでした。

JR常磐線夜ノ森駅

液状化した道路

強盗団の入ったコンビニ

雑草に覆われた草原

人の気配のない道路

波にのみこまれた断崖

避難に使われた車両

福島第二原発

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