妙感寺流れ(1756年)
「妙感寺流れ」とは?
宝暦6年(1756年)10月9日(旧暦9月16日)、三雲妙感寺村で『妙感寺流れ』と語り継がれる山津波(土石流)が発生しました。
深さ1丈8尺(5.45メートル)と言い伝えられる土石流が妙感寺村を押し流し、現在の湖南市妙感寺地先から三雲地先にかけて甚大な被害をもたらしました。
湖南市では、この妙感寺流れが発生した10月9日を「湖南市防災の日」として条例で定め、市民に災害の歴史を継承するとともに、災害に対する備えを充実強化するように呼びかけています。
被害状況
死者 94人(うち1名は村外からの宿泊客)
流出家屋 57軒
その他多くの田畑が流出したと言われています。
復興
村の再建は困難を極めたとされ、領主による助郷(すけごう)の20年間の免除等を求めた記録が残っています。
「助郷」とは、徳川幕府が諸街道の宿場の保護および人馬の補充を目的として、宿場周辺の村落に課した夫役のこと。
供養塔
妙感寺流れで犠牲となった人々のための供養塔が、宝暦7年9月に妙感寺境内に建立されています。

出典
甲西町誌(昭和49年5月31日) 甲西町教育委員会
更新日:2021年12月07日