甲西北中学校区編【エピソード3:母子保健担当保健師の視点】

更新日:2025年02月08日

    「は-、今日も職場に迷惑かけちゃった。ねー、ちょっと聞いてる?」

 

    保健師の仕事をしながら、3人の子育てに奮闘中の私。

    産休・育休を経て4年間のブランクがあり、復帰してまだ1か月も経っていない。仕事中に保育園から子どもの発熱の電話があって急きょのお迎え。夫が帰宅したから愚痴りたかったのに、気のない返事しか帰ってこないからイライラが募る。

    「仕事も子育ても中途半端で、このまま続けていていいのかな...」

    一人で悩む私。

 

 

    「はい!湖南市健康政策課の立山です!」

    「こんにちは、立山さん。菩提寺地区の地域支え合い推進員の神野です。あなたの大きな声を聞くと元気が出るわ。古川保健師さんいらっしゃる?」

 

    私の地区担当は甲西北中学校区。

    野洲川に沿って十二坊温泉のある山地・丘陵地までの北のエリアで東西に長い。野洲川があるおかげで南側は田畑で栄え住宅地が形成された。

    岩根地域と菩提寺地域に分かれている。

 

    東エリアは岩根地域で昔は野洲川が氾濫することがあったという。そのためか砂地の土壌で伝統野菜「朝国しょうが」の生産で栄えた地域もある。

    国宝の善水寺本堂や重要文化財も多くあり歴史を感じることができる。自然が豊かで昔ながらの旧家の街並みも残っていて、思川の桜もとてもきれいだ。

    岩根の十二坊には温泉、プールが併設するオートキャンプ場としてキャンパーに有名で、最長23キロにも及ぶトレイルラン・ウォーキングコースは市内を望める絶景、森林や川など自然を感じることができるスポットだ。

 

    西エリアの菩提寺地域と菩提寺北地域は、山林の傾斜地を中心として南北に宅地開発が進み、南部は人口集中地区(DID地区)となっている。

    西應寺の庭園が美しい。

    名神高速道路の菩提寺サービスエリアを超えた北エリアは、当時は別荘地として売り出したとか。

    県の施設である希望が丘文化公園の南ゲートがあり自然を満喫できる地域だ。ハロウィンの季節には、地域や飲食店舗など特に若い人たちが団結してイベントを企画し、子どもからお年寄りまでまち全体が盛り上がる。

 

 

    今日は菩提寺地区の乳幼児を持つお宅への訪問の日だ。

    乳幼児のママさんは育児の悩みを抱え込んでいて、少しでも力になれたらと思うけど、私にこころを許してもらえているのか自信がない。

 

    「こんにちは!望月さん。今日は産後うつ症状の傾向がわかる診断表を持ってきました。」

    大きな声でそう言って、用紙をかばんから取り出そうとするが、ガサゴソ、ガサゴソ。

    うん?・・・ない。

 

    「望月さん。す、すいません。ちょっと手違いで忘れてしまって。」

    「そうなんですか。でしたら、もう結構です。今日は久しぶりに子どもがぐずってなかったのに。あなたの大きな声はこれ以上聞けそうもないわ。疲れるので帰ってください。」

 

    職場に帰る車中で、私は先ほどのショックでうなだれていた。

 

    「あなたが子育ても仕事もがんばっていることはみんな知っているから前を向いて。仕事の穴を埋めるために、みんなより早く出勤してがんばっている姿をみんな見てるわ。もっと周りの人を頼ってもいいのよ。」

    隣で運転する古川保健師の声に、今までの緊張感が途切れ、目の前の景色がワッとぼやけた。

    抱えていた白いトートバッグに、まだら模様がにじんだ横で、ハートのポーズを手でつくる「こなすちゃん」のキャラクターが愛くるしくほほえんでいる。添えられた「こころ大切に」のメッセージはいつも救いになるけれど、今の私には親しげでよそよそしい。

 

    その様子を見た古川保健師は、ハザードランプをつけ道路に横付けし、おもむろにスマートフォンを取り出しタップした。

    「神野さん、保健師の古川です。いつもありがとうございます。今日は子ども食堂の日でしたよね?今からまちづくりセンターに行っても大丈夫ですか。」

 

    この地域の子ども食堂では孤食にならないために地域が運営している。

    食事の後、子どもたちは工作などで遊んでいる間に、ママさんが思い思いに過ごせる交流の場で、まだ私は訪れたことがなかった。

 

    「いらっしゃい古川さん、あら立山さんも」

    地域支えあい推進員の神野さんが出迎えてくれた。

 

    「今日は、大人子ども合わせて200人ぐらいの参加者がいるのよ。」

    「え!?200人!そんなに来られているのですか?」

    私は驚いた。参加者が入り混じってそこかしこで交流している。

 

    「今日、中村さんって、来られてますか?」

    中村さんは、2023年頃、先輩が乳幼児訪問の時の担当をしていたママさんで、先ほど訪問した望月さんのように育児で悩みを抱え込んでいたらしい。

 

 

    「そんなことがあったんですか。だったら、みんな同じような境遇だから一度でも来てもらえたら少しは気持ちも楽になると思うんだけど。立山さんの腕の見せ所ね。大きな声って周りに元気を与えるものよ。でも、タイミングが大事よね、古川さん。」

    古川保健師は大げさに笑った。私といえば涙が乾いたボロボロの顔で笑顔を取り繕うのに必死だ。

    「古川さんも、今度のイベント楽しみにしてるわ。」

 

    甲西北中学校区は、意識的な口腔ケア、悪玉コレステロールの高値や肥満が健康課題となっている。

    岩根地域と菩提寺地域では協働して、若い世代が交流できる子育てイベントなどの企画を主体的に考えてくれていて、今度、市も加わって健康づくりのイベントを開催することになっている。

 

    私は保健師になってからあまり地域と深く関わってつながるきっかけがなかった。

    目の前の人と向き合うことは大切だけれど、その目の前の人を救うには、地域をはじめたくさんの人の助けが必要なのだと、あらためて保健師活動の原点に返ったような気がした。

 

    「さっ、帰るわよ。」

 

    古川保健師は大きな声で私に声をかけるのと同時に、軽快に私の背中を強く押した。

    「わっ、やめてくださいよ。先輩!」

    まちづくりセンター内のホールに立山保健師の声がこだました。

    「やっぱり、立山さんの声は私よりも大きいわ。この調子じゃあ私以上に相手に合わせることも考えないとね。」

 

    そっか。先輩も同じ悩みを抱えていたことがあるのかな。

 

    先輩はいつも心地いいタイミングで私をフォローしてくれる。悪ふざけも込みで。

    私の背中とこころをいつも強く押してくれる。

 

    帰る車中、白いトートバッグがふと目に入り、いつもより私を勇気づけてくれた。

 

 

    今日も一仕事を終えて自宅に着いた。

    玄関を開けたらカレーのいい香りが漂ってきた。

 

    「おかえり。今日は育児休暇取れたんだ。昨日は仕事のことで考えごとしてて、生返事でごめん。」

    フム。とってつけたようなご機嫌取りではあるが夫の気持ちは素直に受け取るとするか。

    「私もイライラしてたから。気にしてくれてありがとう。じゃあ、後片付けもよろしくね。」

    「うん…、よーし。」

    少しためらいがあったような気がするけれどいつものことよね。

 

    「お母さん、お帰りー。」

    3人の子どもたちの元気な声。体はクタクタ、でも、こころのエネルギーはまだまだ安心できる残量だ。

 

    よーし、明日もがんばるとするか!

基本データ

甲西北基本データ

行動変容ステージ(無関心期・準備期)

・「禁煙するつもりはない人」の割合が高い

・「歯みがきの他に、意識して口腔衛生を保つことを行っていない人」の割合が高い

甲西北・無関心期
甲西北・準備期

特定健診データ

・LDLの高い人が多い。

・19~39歳で肥満が多い。

甲西北・特定健診データ

この記事に関するお問い合わせ先

健康福祉部 地域包括ケア推進局 健康政策課

電話番号:0748-72-4008

ファックス:0748-72-1481

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